2026/07/08
昨日は火曜日、定休日でした。 とは言いつつも、いつも通りのオークション仕入れ業務をこなし、午後からは日課の筋トレとゴルフ練習。そして夕方からは、妻とある映画を観に出かけました。
伝説のポップス界の帝王を描いた映画、『マイケル・ジャクソン』。
感想を一言で言えば、本当に、かなり良かったです。 幼少期のマイケルを演じた子役の凄まじい歌唱力には圧倒されましたし、大人のマイケルを演じた俳優のダンスのキレも、本物と見紛うほどの完成度でした。普段からYouTubeでマイケルの実際のコンサート映像をよく観ている私ですが、この映画のクオリティの高さには素直に脱帽しました。
それにしても、マイケル・ジャクソンという人間の才能はとんでもありません。 歌やダンスという、私自身には全く無縁の世界。私がこれからどれほど血の滲むような努力を重ねたところで、天地がひっくり返ってもどうにもならない圧倒的な「異次元の才能」がそこにはありました。
絵画もそうですが、芸術の世界の天才というのは、楽譜が読めないなど音楽の基本すら知らなくても、最初から異次元のレベルで歌い、踊れてしまう。凡人には理解不能な世界です。 彼らは、自分がどう歌い、どう声を出し、どう体を動かせば周囲にどう見えるのかを、あらかじめ脳内で完璧に「イメージ」できているのだそうです。
「イメージする、できる」
これこそが、天才という存在を語る上での、最大のキーワードなのではないかと思います。
天才ゴルファーN君の、強烈な一言
実は映画を観ている最中、私の頭の中には、ある一人の人物の顔がずっと浮かんでいました。一昨日の月曜日に、朝スルーで一緒に2サムで回ったゴルフ仲間の天才ゴルファー、N君(永山君)です。 ※月曜日は昼前にラウンドを終え、午後からはしっかり仕事をしましたが。
彼は、5〜6月に開催された犬山カントリーでのコンペ以来、まともにゴルフの練習すらしていません。それなのにコースに出れば、当たり前のようにパーを拾い、バーディを奪う。物凄く簡単そうに、涼しい顔でゴルフをするのです。
一方の私はといえば、当日は最悪の絶不調。アイアンはシャンクが止まらず、ドライバーを持てばチーピン祭り。アプローチとパターで何とか凌いだものの、結果は散々で、自分のゴルフに対する自信を完全に失いかけるほどでした。最近、夜21時からの練習で取り組んでいた課題が、完全に裏目に出てしまっている感覚でした。
ラウンド中はその原因が全く分からなかったのですが、映画の中で描かれるマイケルの才能のプロットを、N君のゴルフに重ね合わせた瞬間、ハッとすべてが繋がったのです。彼らの中にある共通の才能、それこそが「イメージの力」でした。
月曜日、絶不調の泥沼の中で私が「練習通りに上手くいかないなぁ」とか「練習通りに打てた」といった言葉を漏らした時、N君は不思議そうな顔をしてこう言ったのです。
「練習通り上手くいった、とかって何?」と。
予想もしない問い返しに、私は「え? 出来ないことを出来るようになるまで練習するのがゴルフじゃないの?」と聞き返しました。すると彼は「違う」と首を振りました。
「どういう球筋で、グリーンのどこにボールを置くかをまず考える。そう打つためにはどうやって体を使うかを脳内でイメージして、そのイメージを確かめるために素振りをするんだよ」
さらに彼はこう続けました。 「プロゴルファーで好きなスイングの選手がいるなら、そのスイングの映像を、自分の頭の中で完璧にイメージできるようになるまで見尽くす。そして感覚的に覚えるんだ」
知識という呪縛からの解放
その言葉を思い返した瞬間、私の脳内に強烈な電流が走りました。 自分がなぜ絶不調に陥っていたのか、その原因が完全に分かったのです。
最近の私が取り組んでいた「体の正面でボールを捉える」というテーマ。それを意識するあまり、私の脳のメモリは手の平、指先、腕の角度といった「末端の細かい動き」だけに完全に支配されてしまっていました。つまり、典型的な最悪の「手打ち」になっていたのです。 スイングのリズム自体は悪くなかったのに、リズムよりも「動かす部位のメカニズム」に意識がいっていた。これがシャンクとチーピンの正体でした。
昨日の午後の練習でも全く当たらず、地獄のような感覚でしたが、昨夜映画を観て、N君の言葉の意味がカチッとハマりました。
細かい腕の動きや指の形なんて、どうでもいい。大事なのは「イメージ」することだ、と。
私たちは、もうすでに何年もクラブを振り、それなりの修練の山を登ってきています。必要な技術のパーツは、すでに体の中に揃っている。ならばあとは、脳内にある理想の弾道のイメージ通りに、ただ体をオートマチックに動かすだけでいいのです。私くらいのキャリア(経験値)があれば、余計な自意識さえ殺せば、ある程度はイメージだけで打てるポテンシャルがすでにあることに気づきました。
世の中には、「あの人、全然練習しないのにいつも良いスコアで回るよね」という人が意外とたくさんいます。 だから「練習はしてもしなくても変わらない」とか、下手をすれば「練習するほど下手になる」とさえ言われることがある。 その謎の答えが、これでした。彼らは練習量ではなく、脳内の「イメージの鮮明さ」でゴルフをしているのです。
大人になってからゴルフを覚えると、どうしても感覚より先に「知識やロジック」による理解が先行します。そのため、全体の美しいイメージよりも先に、「具体的な体の動かし方(パーツの制御)」から入ってしまう。これが、大人ゴルファーの最大の罠です。
全てのゲームで、イメージ通りのナイスショットを
この気づきを胸に臨んだ、今朝の朝スルーのラウンド。 私はアドレスに入る前、自分が放つべき美しい球筋だけを脳内に強くイメージし、細かい手先の意識を一切消し去って、体幹だけでクラブを振り抜きました。
結果は、久々に自分の思うような素晴らしいゴルフができました。「これだけの修練を積んできたんだから、できるはずだよなぁ」と思っていた通りのナイスショットが、次々と蘇ってきたのです。心が躍るほど、ゴルフが楽しいです(笑)。
そしてこの「イメージのブレイクスルー」は、今、本業のビジネスの現場にも全く同じ良いグルーヴをもたらしています。
オークションでの仕入れ業務が、ここに来て非常に順調になりつつあります。 具体的な成果として数字に出るのはこれからですが、私の脳内には「勝てるロードマップ」が明確にイメージできています。「安かった理由がハッキリしていて、そのマイナス要素を自社の技術で取り除けば、適正な普通の金額で高く売れる」。 仕入れる前から、その車が利益を生み出すまでのストーリーが、データとロジックを背景に完璧にイメージできているのです。まぁ、そういうことです。
他人のサッカーの勝敗に感情を揺さぶられている暇など、やはり私にはありませんでした。 自分の脳を極限までクリアにし、理想の未来を鮮明にイメージする。 仕事も、筋トレも、ゴルフも、すべては私の脳内から始まる最高のエキサイティングなゲームです。
なんとかなるさ! 最高の気づきを得た断酒116日目。明日からも、この濁りのないイメージの力で、アイルー20期目のビクトリーロードを真っ直ぐに突き進んでいきます!