2026/10/18
ここ最近のニュースで、岸和田などの「だんじり祭り」での事故死が取り上げられていました。 もともと危険な祭りとして有名ではありますが、世界には命を落としたり大怪我をしたりするような過激な祭りがいくつか存在します。日本において、その代名詞と言えるのが「だんじり祭り」だと私は思っていました。
毎年ニュースの映像で目にしますが、勢いあまっただんじりが民家の壁や屋根を壊したり、人が巻き込まれて怪我をしたりと、祭りが行われるたびに必ず被害者や重傷者が出る。そんな祭りです。
「昔からの伝統だから」という理由で、その危険性が据え置かれたまま続けられてきましたが、今年はついに2名もの方が亡くなられ、その他にも16人が重軽傷を負ったとのことでした。
この手の祭りの是非について、私の持論を言わせてもらうならば、「怪我人や死傷者が出るような祭りなら、やらない方がいい。無くていい」と思っています。もし伝統として残していきたいのであれば、時代に合わせて安全に開催できる形へとバージョンアップするべきです。
SNSなどでは様々な議論が巻き起こっていますが、存続を無条件に肯定する派の極端な意見には、正直言って耳を傾けづらいものも多く見受けられます。まあ、自分の住んでいる地域の祭りではないので、外からとやかく言う筋合いはないのかもしれませんが。
もちろん、実際に参加している当事者たちには、部外者の私には到底わからないような熱い想いや絆があるのだろう、とは思います。
20歳の頃に感じた「狭い世界の違和感」
なぜ、私がわざわざこの話題を取り上げたのか。 最近、知人とそんな会話をした際に、昔経験した「祭り」に関するちょっと嫌な思い出が脳裏によみがえってきたからです。
それは、「祭りは地元(生粋の土地っ子)が参加するものであって、外様(後から来た人間)は参加できない」という排他性についてです。ここでいう参加とは、沿道での立ち見客のことではなく、神輿を担ぐチームや保存会への参加のことです。
世の中の古い祭りには、昔からの地の人間しか入れない、という暗黙の了解が残っていることが多々あります。
私自身、もとより祭りが好きでも何でもないので、わざわざ参加したいわけではありません。 ただ20歳くらいの頃、同級生の家にお邪魔した時の出来事が深く心に残っています。そこのご家族はその地域の祭りの中心人物だったのですが、別の同級生(転校生)の話になった際、わざわざ「あいつは他所もんだから、神輿には入れられんわ」と言い放ったのです。その時の物追いの良くなさと、排他的な言い草が非常に印象悪く、私の記憶に強く刻み込まれました。
その頃から、私は神輿を威勢よく担いでいる人たちを見ても、どこか素直に良い気持ちで見られなくなってしまいました。 「なんだか、随分と了見の狭い世界だなぁ」と冷めてしまうのです(笑)。
とはいえ、現在の我が社のスタッフにも、地元の祭りに毎年熱心に参加している人がいます。彼らのように純粋に汗を流している人に対しては「頑張ってるなぁ」と感心しますし、不快な感情などは一切ありません。 ただ、そんな熱心なスタッフでさえ、以前「地元の先輩からの同調圧力がキツくて、本当はあまり参加したくないんですよね……」とポロッと愚痴をこぼしていたことがありました。それを聞いた時、「ああ、やっぱり裏ではそういう構造なんだな」と妙に納得してしまいました。
やっぱり私自身は、昔も今も、祭りが好きではありません。
「真スイング」の精度と、練習好きの意地
さて、話題を変えて大好きなゴルフの話です。
なかなかまとまったラウンドには行けていませんが、先日開眼した「真スイング」の打ち込みは継続しています。時間がある日は、夜間に200球ペースで黙々と振っています。
まだまだ完全に体に馴染みきったとは言えません。 スイングには必ず独特の「コツ」のようなものがあります。 「こうやってテークバックして、こうやって下ろしてくる。その時に身体のこの部分にこういう力感(張り)があれば正解」といった感覚です。ゴルフのスイングというのは、誰もがそうやって自分の感覚を探り当てていくものだと思います。
なんとなく振っていて調子が良い時というのは、無意識のうちに身体が上手く使えている状態です。 しかし、以前の私のスイングは、一度その好調な動きを見失うと、突如として何も打てなくなる悪癖がありました。焦って元に戻そうとムキになればなるほど、スイングが壊れて悲惨な状態に陥っていたのです。
今回の「真スイング」でも、日によって不調やズレが生じることはあります。しかし、以前と決定的に違うのは「元の良い状態への戻りが圧倒的に早い」ということです。 まだ完璧に「これだ!」という絶対的な型を掴みきれてはいませんが、崩れかけても素振りを数回挟むだけで、正しい軌道を思い出せるようになってきました。
もちろん、ボールを芯で捉える打感を体に染み込ませるためには、素振りだけでなく実際に球を打ち込む必要があります。ただ、打つ「球数」ばかりを意識してしまうと、どうしても1球1球のフォームが雑になってしまいます。今後は「数より質」を重視して取り組む方が賢明だと感じています。
先週は「圧倒的な数を振る週」だったので、今週は「1球の質と打感を深掘りする週」にする。そして来週はまた数をこなす……といったように、工夫を凝らしながら練習のメニューを組んでいく文章(ロードマップ)を描こうと思います。
私のゴルフ仲間には、「練習なんて大嫌い」という人が結構います。そして腹立たしいことに(笑)、そういうセンス(感覚)派の人に限って、大して練習もしていないのにゴルフが上手かったりします。 私のように「練習が大好きで、毎日でも打ち込みたい」という人間も少数派ながら存在しますが、悲しいかな、直近の成績だけで言えば感覚派の彼らにはまだ及びません。
それでも、私は練習が好きなので、自分のスタイルでコツコツと愚痴を言わずに続けます。 愚直に、ロジカルに、正しく努力を重ねていけば、いつか必ず彼らを追い抜ける日が来ると信じて。
今週も質を求めて、夜の練習場で「真スイング」を研ぎ澄ませてきます!